出石 美波(いずいし みなみ)さん

東京都→田辺市本宮町

和歌山県御坊市出身の出石美波さんは、18歳まで地元で暮らした後、東京の大学に進学。卒業後の進路を考えるなか、地域で活動している人に会いに行こうと一か月半ほどかけて西日本を旅してまわり、縁あって田辺市本宮町に移住した。地域の飲食店で半年ほど働いた後、環境問題への意識から「人にも、動物にも、地球にも優しい」お菓子を広めたいという思いで、卵や乳製品を使用しないプラントベースのお菓子屋さん「HOUBI」をオープン。500人ほどが暮らす小さなまちを拠点に、自身のライフスタイルを構築していく出石さんにお話しを伺った。

熊野古道・本宮は母との思い出の土地。ご縁とタイミングでお菓子屋さん「HOUBI」をスタート。

田辺市本宮町の長閑な住宅地にあるお菓子屋さん「HOUBI」。笑顔で出迎えてくれたのは御坊市で生まれ育った出石美波さん。「母や父が地域で活動するタイプの人で、なんとなく良いなと思っていたのもあって」という出石さんは、東京の大学に進学後、4年生のときに地域おこしなどの地域で活動する方々に会いに行く旅に出かけました。中国・四国地方、関西方面を1か月半ほど旅した後、最後に辿り着いたのが本宮だったといいます。世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道(通称:熊野古道)」の一部で、熊野三山の一つ「熊野本宮大社」がある本宮は、出石さんにとって縁のある場所でもありました。

「うちの母が熊野古道のガイドをしていて、子供の頃に歩きに来たことがあったんです。母が楽しそうに歩いている場所として印象に残っていました。それで来てみたら、当時町内の飲食店で店長をしていた方が『仕事はあるから来てもいいよ』って言ってくださって。じゃあ行きますって言って来た、みたいな感じです。」

飲食店自体が20代の若い移住者が中心となって経営していたこともあり、移住のハードルも少し下がったよう。出石さんはしばらく働いた後、飲食店のなかに夏限定の別ブランドとしてジェラート屋さん「HOUBI」をオープン。それから半年ほど経った頃、転機が訪れました。

「スタッフが4人いたんですけど、それぞれ自分の道を進もうというポジティブな感じで解散したんですよ。本宮から出ていくっていう選択肢もあるなかで、でも半年くらいしか居なかったのでもうちょっと居たいなと思って。とくに起業したいと思っていたわけでもないんですけど、東京にいた頃からお菓子を作ったり、お菓子屋さん巡りをするのが好きで漠然とした憧れみたいなのはあったんです。そのとき、ちょうどほかの事業がいそがしくて休業に入ろうとしていた焼菓子屋さんの物件を借りさせていただけることになりました。」

出石さんは借りた物件を活用し、もともとジェラート屋さんとして始めた「HOUBI」を、現在のプラントベースのお菓子屋さんとしてリニューアルオープン。「気づいたら一人でお店をしていたという感じです。ご縁とタイミングですね」と笑います。

調理場でお菓子を作る出石さん

「HOUBI」の由来はみんなや自分への「ご褒美」

大学を卒業してすぐに移住し、その後わずか半年でご自身のお店をオープン。不安や焦りはなかったのでしょうか。

「焦ったんですけど、田舎の方って二足、三足のわらじで生きてるじゃないですか。正社員をするっていうよりは自分でできることを小さく商売にしている方がすごく多くて、そういう生き方ができるんやなっていうのを感じていました。あと、出費が少ないのは田舎の良いところだと思います。安定はしていないですし周りの人を心配させるんであれなんですけど、元から『なんとかなるかな』という性格で、とりあえずやってみているという感じです。」

「HOUBI」が提供する色とりどりの可愛らしい焼菓子。すべて、卵や乳製品を使わずにプラントベース(植物性)で作っています。お菓子作りのベースには「人にも、動物にも、地球にも優しい」お菓子を広めたいという思いが。また、屋号「HOUBI」の名前は「ご褒美」からきているとのこと。

「本宮だからできることをということで、熊野古道を歩き終わったら『ご褒美』欲しいよね、みたいな感じで付けました。それと同時に、私自身が今の社会ってすごく厳しいというか、立ち止まることがあまり良しとされないなっていうのを大学時代のときに感じていて。でもそのなかで、しんどいと思ったら立ち止まっていいというか、それを自分自身に許せたことで生きやすくなったと感じて。まあ、自分にご褒美あげようよみたいな。そういうコンセプトも掛け合わせています。」

「HOUBI」のクッキー缶。受け取る人を優しい気持ちにしてくれるような、可愛らしいクッキーが詰まっています。

出石さんは、なるべく地域の生産者さんたちが作った農産物を使いたいと話します。

「できるだけ地域のものを使いたいと思っています、飲食店でジェラート屋をやっていたときに、那智勝浦の天満牧場さんの牛乳を使わせてもらってたんですけど、『今年で閉めるんや』みたいな話を聞いたりして。今まで地域のなかで持続的にやってきたものが続けられなくなっていくんやなというのを、そのとき身に染みて感じました。

まだ全然力にはなれてないんですけど、地域で作られたものをそのまま売るのもそうですし、ちょっとでも何かちがう形にして売れたらいいなっていうのがあって、できるだけ地域のものを使いたいと思っています。あとは国産のものだったり、できるだけ農薬とか化学肥料を使っていないものを使いたいというのはありますね。色川の安田さんの生姜も使わせてもらっていて、畑に見学に行かせてもらいました。無農薬で作るのは手間暇がかかるんですけど、無農薬なだけじゃなくて『美味しくないと売れない』というのをすごく言っておられて。香りと辛みがはっきりしていて本当に美味しいんです。」

田舎と都会、それぞれの良さを取り合わせて自分のライフスタイルを築く

仕事や地域柄、プライベートと仕事の境は曖昧だという出石さんですが、休日は近隣地域に出かけることが多いといいます。

「もう親くらいの年齢なんですけど、近くにすごく仲良くしている友達がいて。その方が車を持っていないので、私が運転してよくいろんなところに行くんです。新宮だったり、那智勝浦だったり、本宮で一緒にご飯食べたり、ちょっと離れた温泉に行ったり。気分転換に一人で勝浦の方に行くときもありますね。山にいると無性に海が恋しくなる瞬間があって、海を見に行きます。」

本宮町の人口はおよそ500人。生活を取り巻く環境に変化があるなかで、出石さんは東京と本宮どちらにもそれぞれの良さがあると言います。

「プラントベースでやっている理由が、環境問題に関わりたいというのが一番強くて。この前、一年半ぶりに東京に行ってきたんですけど、やっぱりそういうお店が多かったり、求めているお客さんも多くて、そういう環境っていう意味では情報が入ってきて勉強になるし、面白いと思いました。

でも光とか音とかの刺激があまり得意じゃなくて。東京で住んでたまちもすごく好きだったんですけど、家が線路のすぐ近くで、数分に一回電車が通って揺れるという感じだったんです。引っ越した当時は全然気にならなかったんですけど、知らず知らずのうちに負荷が掛かっていたみたいで。長い目で見ると暮らすなら田舎の方がいいかもしれないとは、そのときに思いました。住む環境としては本宮みたいな場所の方が好きなので、基本は本宮にいて、年に数回遊びに行けるようなライフスタイルができたらいいなと思っています。」

また、同じ和歌山県内でも御坊市と本宮では大きな違いがあると感じているそう。

「びっくりするくらい違いますね。文化圏が結構違うんですよ。御坊って大阪に日帰りで行けるぎりぎりラインで。買い物とか美味しいものとか、みんな何かしようと思ったらすぐに大阪へ行くんです。本宮は、和歌山というより熊野なので、三重県の南のほうとか奈良県十津川の辺りと一体で、たぶん人の行き来もその方が多かったんだと思います。こっちに来てから、隔絶されているからこその潔さみたいなものを感じて、面白いなと思います。」

御坊市から東京へ行き、西日本を旅して縁あって本宮に辿り着いた出石さん。地域の方々の生き方に刺激を受けつつ、「なんとかなる」精神で柔軟に自分自身のライフスタイルを模索していく姿が印象的でした。出石さんが贈る小さなご褒美が多くの方に届きますように。

 

HOUBI
Instagram:https://www.instagram.com/houbi_kumano/