山野裕代(やまの ひろよ)さん

大阪府→紀の川市

―大阪府堺市出身のパティシエ・山野裕代さん。紀の川市の農家とのつながりを深める中で、この地で店を開くことを決意。2024年12月に菓子店「KiiKa(キーカ)」をオープンし、地域の果物を生かしたお菓子づくりに取り組んでいる。―

果物を知るため、農家のもとへ通った20代

大阪府堺市出身の山野さんは、パティシエとして大阪や京都、福岡などで経験を積んできた。製菓専門学校で勤務した後、菓子店でマネージャーなどを経験した。
果物に興味を持つようになったのは20代前半。当時、パティシエとしてさまざまな果物を使っていたが、 産地がどこなのか、どのように栽培されているのか、ほとんど知る機会がなかった。そんな中、「普段使っている果物はどうやって作られているんだろう」とふと疑問に思った山野さんは、休日になると自ら車を走らせ、和歌山や徳島などの農家を訪ねるようになったという。
「ひとつの果物ができるまでに、こんなに時間がかかっているんだと知ったら、包丁を入れる時の気持ちも変わったんです。本当にこの果物を生かせているのかなって」と山野さん。

中でも、足を運ぶ機会が増えていったのが紀の川市だった。
紀の川市は、紀の川流域の豊かな土壌と温暖な気候を生かし、桃、はっさく、いちじく、柿、キウイフルーツ、いちごなど、四季を通じてさまざまな果物が収穫される全国有数の果樹産地だ。山野さんはこの地をたびたび訪れ、知り合った一軒の農家から少しずつ交流の輪を広げていったという。

最初は収穫の時期にだけ訪ねていた山野さんだが、収穫前の時期からも足を運ぶようになり、果物が育つ過程にも触れるようになる。そうして、農家から話を聞くうちに、ある思いが芽生えていった。
「農家さんが大切に作った果物を私がお菓子にすることで、農家さんにもファンがつくような流れを作れたらいいなと思ったんです」
自分の店を持つなら、すでに多くの農家とのつながりが生まれていた紀の川市で。山野さんの中で、その思いが次第に固まっていった。

 

 

人とのつながりから見つけた、店を開く場所

紀の川市で店を構える前の約2年間、山野さんは堺市に暮らしながら、個人事業主として和歌山県内の仕事を積極的に受けていた。地元の果物を使ったお菓子の販売会を行ったり、子ども向けのお菓子教室を開いたり・・・・・・。
それと並行して、紀の川市役所にも足を運び、このまちで店舗に使える物件がないか相談していたそうだ。
「活動しているうちに、自然と情報も入ってきた感じですね。2年間で出会った方々との関係も、徐々に濃くなっていきました」

そうした中、親しくなった藤井地区の人から「ここが空いているよ」と紹介されたのが現在の店舗だった。かつて酒屋として使われ、地域の人たちが日常的に立ち寄っていた場所。空き店舗になってからも、地域の人にとってはなじみのある建物だった。

そんな縁もあって、山野さんは拠点を紀の川市に移し、2024年12月、この場所にKiiKaをオープンした。

  

お菓子を通して、生産者の名前まで届ける

KiiKaでは農家から直接仕入れた旬の果物を使って、主に焼き菓子やジャムなどを作っている。店の外には畑が広がる絶好のロケーションだ。厨房からはガラス越しに畑の果物が育っていく姿が見え、季節の移り変わりを間近で感じられるという。
「畑から採ってきたばかりの果物を、そのままここで使えることもあります。こんな贅沢なことをしていいのかなと思いますね」

中でも人気なのがジャムだ。収穫されたばかりの果物をすぐに加工できるため、お客さんからは「“果物感”をすごく味わえる」と好評だ。添加物を使わず、果物と砂糖だけで作るこだわりのジャムは、果物本来の鮮やかな色合いで、見た目にも楽しい。

山野さんのこだわりは、商品のプライスカードにもうかがえる。そこには、生産者の名前が添えられている。同じ種類の果物でも、作る農家が変われば、その都度書き換えるそうだ。
するとお客さんの中には、「前に食べたあの農家さんのジャムがおいしかった」と、生産者の名前を覚えてくれる人もいるという。「農家さんのファンをつくりたい」という山野さんの思いがこんなところにも形になっている。

  

農家とお菓子屋をつなぐ「パイプ役」に

山野さんの仕事は、自分の店でお菓子を作ることだけではない。
これまでパティシエとして築いてきたつながりを活かし、紀の川市をはじめ和歌山県内の農家と、全国の菓子店や料理店をつなぐことにも取り組んでいる。
「『こういう果物を探しているんだけど』とお菓子屋さんから聞かれたら、農家さんにすぐ聞ける距離にいるんです。私の周りにはいろいろな種類の果物があるので、見つかることも多くて」
例えば、国産では珍しいベルガモットやアンズなどの果物を探している菓子店や料理店があれば、山野さんは知り合いの農家につないでいる。そして、その果物を使うようになったお店には、「誰々さんが作った果物です」と、生産者のことを紹介してもらっているそうだ。主役はあくまでも生産者だ。

こうした取組みの背景には、一人ひとりの生産者の姿を近くで見てきた山野さんの経験がある。減農薬での栽培に取り組む人、高齢になっても一人で畑を守り続ける人。それぞれの農家の思いを知っているからこそ、その価値を理解してくれる店へ届けたいという思いがある。
今でも山野さんは畑に足を運ぶ。農家さんにその時期の果物の様子を教えてもらったり、時には農作業を少し手伝ったり。そうして見聞きした情報を、今度は店を訪れたお客さんや全国の菓子店、料理店へ伝える。
KiiKaは少しずつ、果物だけではなく、農家の思いを伝える場所になっている。

  

地域に根を張り、その先の10年へ

山野さんが大切にしてきたのは、店を開く前から地域の人たちとの関係を築くことだった。
約2年間、農家や地域の人たちと関わりながら準備を進め、店舗を開く際にも、近隣の人たちへ事前に説明したという。店の周囲には畑が多く、菓子店の排水について心配をかけないようにするためだ。

「もし急にここでお店を始めますとなっていたら、もっと心配されたかもしれません。一歩ずつ、気になることを説明して、お互いが納得した上でここにKiiKaがある、という形になればいいなと思いました」
今では地域の人が店のイベントを回覧板で紹介してくれたり、果物の加工を心配した近所の人が「手伝いに行こうか」と声を掛けてくれたりすることもある。

山野さんが紀の川市で感じているのは、事業者や行政、JAなどがそれぞれの立場から、地域の良いものを外へ届けようとする空気だという。
「誰か一人だけがというより、得意なことをそれぞれの分野で頑張って、みんなでこの地域を知ってもらおうという感じがあります。だから私も入りやすかったのかなと思います」

一方で、農家の高齢化は身近な課題でもある。山野さんが関わる農家の中にも、後継者が決まっている人は多くない。
「10年後には、この辺りの景色も変わっていると思うんです」
だからこそ、今作られている果物の魅力を知ってもらい、毎年「あの果物がまた欲しい」と注文が入る流れを少しずつ増やしていきたいという。
その先には、現在は持ち帰りが中心のKiiKaとは別に、旬の果物をその場でゆっくり味わえる場所をつくる構想もある。地域の空き家などを活用し、農家が野菜を置いたり、近所の人や訪れた人が自然に顔を合わせたりできる場所にもできたらと考えている。
「生産者の方には、KiiKaを『自分たちの果物を発信してくれる場所』と思ってもらいたい。お客様には、ここへ来たら旬に出会えて、生産者にも出会える場所になったらいいですね。私はその間にいて、一生懸命お菓子で表現する。それがこの地域で作り上げていくものになったらいいなと思っています」

  

移住を検討されている方へ

最後に、和歌山への移住を考えている方へのメッセージを伺った。
「山もあり海もあり、景色も含めてすごく良いところだと思います。ずっと都会にいた人なら、びっくりするぐらい良いなと思うんじゃないでしょうか」

さらに、移住する際には「どうやってその地域に入っていくか」も大切だと山野さん。
「移住された方の話って、聞けたら絶対に良いと思います」
店を開く前から地域に通い、時間をかけて人とのつながりを築いてきた山野さんならではのアドバイスだ。実際に移住した人の経験を聞くことが、移住成功へのカギかもしれない。

<ご紹介>
・KiiKa 公式Instagram
https://www.instagram.com/kiika_fruits_artisans/
・和歌山県移住ポータルサイト「わかやまLIFE」
しごと暮らし体験「KiiKa fruits artisans」
https://www.wakayamagurashi.jp/work/experience/kiika_fruits_artisans
取材日:2026年7月29日