竹内 算浩(たけうち かずひろ)さん

大阪府→有田市

―大阪での社会人経験を経て、有田市にUターン移住した竹内さん。 自然に囲まれた環境で働きたいと就農を決意。知識ゼロ・経験ゼロから新規就農を果たし、みかん農家として着実に実績を積み上げる竹内さんに「新規就農」のポイントを伺った―

生まれ育った有田市へUターン

「みかん」が日常風景を彩る有田(ありだ)市は和歌山県の北西部に位置する。みかんの産地として400年以上の歴史と伝統を有するとともに、タチウオの漁獲量日本一を誇るなど豊年満作、豊漁の街だ。温州みかんの収穫が始まる10月。市内にある道の駅の売り場は、徐々にみかんでオレンジ色に染まり始める。そんな有田市で生まれ育った竹内さんだが、実家は漁師の家系であり、「有田みかんが、全国でこんなに有名だとは全然知りませんでした」と少し恥ずかしそうに話す。
地元の高校を卒業後、県外の専門学校に進学。念願だった「食」に関わる仕事に携わるも、体を壊してしまい、有田市に戻ることに。療養に専念していた竹内さんは、「これまでのような屋内の仕事ではなく、太陽の下で気持ちよく働ける仕事がしてみたい」と思うようになったそう。

収穫を控えた温州みかん

農業の世界に飛び込んだ

竹内さんは近くに住むみかん農家に収穫の手伝いを申し出た。そして、海と山に囲まれた環境の中で、一生懸命、収穫作業に励んだ。「療養中は寝付けない夜もあったが、自然の中で汗をかき働いたことで、ぐっすり眠れるようになった」と話す竹内さん。この時からみかん栽培に対する興味・関心が芽生えたという。
熱心に作業に取り組む竹内さんを見て、農家の方が就農希望者に対して研修や農園地の紹介などのサポートを行う農業法人への就職をすすめてくれた。就農に関心を抱くようになっていた竹内さんは、この農業法人に就職し、土づくりから、施肥、剪定、摘果、収穫に至る生産過程の技術習得に励んだ。休日には、「みかんがおいしい」と評判の農家を訪ね、その栽培方法について教えてもらった。
そんな日々を積み重ねる中で、「『もっとおいしいみかんを、自分の手で作りたい』という思いが、どんどんと大きくなっていきました」と竹内さんはその当時を振り返る。

農業法人に勤務していたころを振り返る竹内さん

収穫ばさみ1本での独り立ち

農業法人に就職してから8年。自らの栽培技術に自信が持てるようになった竹内さんは独立を決意し、「竹内農園」を開園する。収穫ばさみ1本。自身の園地すらない状態での独り立ちだったが、「社会人時代に店舗経営に携わっていたことがあり、みかん農家としての採算計画もしっかり描くことができていたので、先行きへの不安や怖さはありませんでした」と竹内さんは話す。
その後、知り合いのみかん農家から、園地管理を任された竹内さんは、これまで培ってきた栽培技術をフル活用し、みかん作りに情熱を注いだ。空いた時間には、苗木店で品種の勉強を兼ねてアルバイトをし、設備投資資金を貯めた。チェーンソー、消毒用の動力噴霧器にホース、運搬用の軽トラックなど、必要な設備は多いが、国の新規就農支援策などを活用しながら、竹内さんは少しずつ設備を揃えていった。

竹内さん愛用の剪定道具
(ボトルの中身は樹の切断面に塗る殺菌剤)

下積みを経て独自の栽培技術を活かして収穫したみかんは独立1年目から評判が上々で、地域で「竹内農園」は注目されるようになる。2年目には、「有田市認定みかん」(*)の審査会において「審査員奨励品」に選ばれ、3年目には最高得点みかんとして認定を受けた。その評判が評判を呼び、「竹内さんに、うちの園地でも栽培してもらいたい」「竹内さんに園地を任せたい」という話が多数寄せられた。農家の高齢化で、使われなくなった園地は有田市内でも急増しており、園地を任せたいという農家は多い。販売先についても、「うちに出荷しないか」「うちに卸してほしい」との依頼を農産物直売所や小売店から受けるようで、「私は販路開拓、営業活動を全然していません」と話す。

(*)品質が特に優れたみかんを有田市が独自に認定する制度。取材後の2024年11月、竹内さんは2年連続で最高得点みかんの認定を受けている。

竹内さんが念入りに手入れするみかん園地

「竹内農園」のみかんづくり

竹内農園の園地は年々拡大し、来年(2025年)には3町(1町は約3,000坪)まで拡大する見込みで、甲子園球場のグラウンド2つ分に相当する広さとなる。この園地をアルバイト4名と竹内さんとで切り盛りしている。4名は農業未経験者だったが、今では収穫作業を全て任せられるほどの熟練者となった。
みかん農家にも心強い仲間が増えた。農林水産大臣賞を受賞した農家やみかんの味に定評のある農家と仲良くなり、半月に1回程度集まっては、みかんについて熱く語り合う。お互いの園地を視察して、改善点を議論することもある。このような農家ネットワークの中で、竹内さんは栽培技術に磨きをかけている。

大きく実ったみかん達

仲間と一緒に「有田みかん」ブランドを守っていきたい

今後の展望や夢・目標について尋ねると、「まずは農園を法人化して、みかん農家になりたいと考えている人達の受け皿となり、就農を支援していきたいです。高齢化を背景に、農家数は減り、荒廃する園地も急増しています。大変厳しい状況ですが、新規就農を後押しすることで『有田みかん』ブランドを守っていきたいと考えています」と力強く答えてくれた。また、「農業は、軽作業であれば高齢の方、障害をお持ちの方も活躍できる仕事です。より多くの方に働いてもらえる、そして、やりがい、働く楽しみを感じてもらえるような農園にしていきたいです」と竹内農園の将来像についても話してくれた。

大切に育てられてきた「有田みかん」ブランド

地方に移住して農業(みかん)を始めたい方へ

最後に、移住先で農業を始めたいと考えている方へメッセージをお願いした。「”農業”に対して『のどかな』イメージを持たれているかもしれませんが、現実はそのイメージからかけ離れています。農業で生計を立てるつもりなら、退路を断つ『覚悟』が必要です。就農後3年間は赤字覚悟です。この時期をしのぐための『蓄え』が欠かせません。ただ、この3年間を乗り越えることができれば、先が見えてきます。くじけずに頑張ってほしいです」と竹内さんはエールを送る。
そして、就農当初は「みかん栽培について勉強できる場所を探すことがとても重要です」と話す。「有田市には、新規就農者をサポートしてくれる農家・農業法人が複数あります。まずは、そこで働きながら技術を磨いていくことが近道ではないでしょうか」と自らの経験を踏まえながらアドバイスをくれた。

新規就農支援策が充実する有田市

― 地元にUターンし、みかん農家として独り立ちした竹内さん。一本一本の木に寄り添いながら、美味しいみかんづくりへの探求の日々が続く。新規就農の道を、こつこつと努力され歩まれてきたからこそ、「くじけずに頑張ってほしい」とのエールは、就農を目指す人々に希望を届けるに違いない ―

取材日:2024年9月11日