星野 晴稔(ほしの はるとし)さん

愛知県→串本町

愛知県出身の星野晴稔さんは、約15年間介護のお仕事をした後、2019年に串本町へ移住。初心者から海釣りやクルージングが楽しめるチャーター船の運航サービス「フィッシング&クルーズはるまる」を開業した。お客さんは釣り初心者の方が多く、初めて釣れたときの笑顔を見るのが仕事の醍醐味。串本町での生活を満喫する星野さんだが、そこに至るまでには長い経緯があった。星野さんが好きな海を案内していただきながらお話を伺った。

13年越しに叶えた串本町への移住

日本初の民間ロケット発射場がある町として注目を集めている、本州最南端のまち串本町。2023年中に予定されている初号機「カイロス」の打ち上げを目前に、ロケットにまつわる産品の開発など、徐々にロケット熱が高まりつつある。星野さんは、2019年に愛知県から串本町に移住し、チャーター船を使った海釣りやクルージング体験を提供してきた。ロケット熱が高まるなか、星野さんも地域を盛り上げる一端を担おうと船で海上からロケット発射を見学する特別体験ツアー「ロケット打ち上げ体感ツアー」の開催を予定している。

移住についてお話を伺いたいとお願いすると、取材当日、ご厚意で船を出してくれた。陸からは穏やかに見える海も、いざ出てみると波があるのを感じられる。国の天然記念物「橋杭岩」を海から見られるのも新鮮な体験だ。船がよく似合う星野さんだが、もともと海に関わる仕事をしていたわけではない。介護職員として25歳から40歳まで働いた。移住のきっかけは、介護の仕事を始めてから2年ほど経った27歳の頃に訪れた。

「当時はご利用者さんとの距離感がまったくわからなかったんです。『いろいろやってあげたい。もっとこうしてあげたら、ご利用者さん一人ひとりにとってより良い生活が送れるのにな』と思うのですが、そうしてあげられない難しさがある。一人にやってあげると、みんなが『星野さんやってよ』ということになるのですが、自分の容量っていうのは決まっていて、どんどん回らなくなってくるんです。それでちょっと行き詰ってしまいました。何もできないことに対して自分を責めたんですね。」

国の天然記念物「橋杭岩」。陸からとはまた異なる姿が見られて新鮮である。

星野さんはしばらくのあいだ仕事を休み、趣味だった釣りをするため串本町に足を運んだ。1月2月の真冬の時期であったことから、比較的暖かい場所を条件にしたのが串本町を選んだ主な理由だった。休憩をはさみつつ、愛知県から下道を車でゆっくりと走って約10時間。ようやく到着した串本町大島の海を見て、大いに感動したという。

「海が透明で、熱帯魚が泳いでるんですよ。1月の終わりにですよ。感動して、本州最南端すごいなと思いました。」

車中泊をしながらその場に数日間滞在し、ひたすら海を眺めて過ごした星野さん。「僕的にはすごく癒されてたんだけど、周りから見たらやばい人だよね(笑)」と冗談交じりに振り返る。

「2日目に地元の人が声をかけてくれたんですけど、もうすごく優しかったんですよ。それから『釣りやらんのか?』と聞かれて、『そうだ釣りしに来たんだ』と思い出して釣り糸を垂らしました。」

1週間ほど経った頃、肩のこわばりが取れるのを感じ「もう帰れる。」と思ったという。同時に「いつかこんなところで生活したい。」との思いが芽生えたが、当時27歳で今の自分にはまだ経験が足りないと感じた星野さんは、40歳になったら来ようと決めた。串本町への移住は、星野さんにとって13年越しの念願だった。

串本町の本土と大島を繋ぐ架橋「くしもと大橋」

介護施設の利用者さんのおかげで、海の世界に入ることができた

移住して農業や林業に携わる人は多いが、漁業を始める人は少ない。移住定住の支援窓口で尋ねたが、前例や情報があまりなく苦戦したという。それでも地域の漁業関係の人たちに話を聞いて回るなかで、なんとか海に船を出すことができた。海の世界に入るためには、地元の人の協力が必要不可欠。「僕はすごく運が良かった。」と話す星野さんだが、地元の人を頼ることができたのは、介護職員時代の経験があったからだと介護の職場に復帰した当時のことを振り返る。

「『助けてほしい』っていう言葉って、なかなか言えないじゃないですか。助けてほしくても、年齢が高くなるにつれてプライドもどんどん高くなっていってさ。それを言えるようにしてくれたのは、お年寄りの方たちでした。自分にできることとできないことがあるってわかった状態で職場に戻って、できる範囲のことをしていたら利用者さんが僕の仕事を早く終わらせようと思って助けてくれるんです。その分自分も一生懸命にやらないといけないですけど、助けてって言ったら助けてくれるんだって気づいたんです。」

星野さんがもう一つ意識していることは「笑顔」だという。

「40歳を超えた男性っていうのは、怒っていなくても真顔が怒っているように見えるんです。それってマイナスじゃないですか。最初は笑顔を作ることに抵抗があったんですけど、笑顔は相手へのプレゼントだというふうに考え方を変えました。いつも朝起きて鏡を見たら自分に笑いかけてます。笑顔が自分を幸せにしてくれるんですよ。」

船に乗り、海を眺める至福の時間

星野さんのもとに来るお客さんは、8割ほどが船で釣りをしたことがない初心者の方だ。ソロの方もいれば、子供連れのご家族やカップルも訪れる。

「初めて釣れたときの顔なんて最高ですよね。どんな魚でも喜んでます。最後のほうには『またこいつか。』って言うんですけどね(笑)。人の笑顔が好きなんで、最高の仕事だと思います。」

星野さんは、お客さんが嬉しそうに釣りやクルージングを体験する様子を、写真に撮ってデータで渡すようにしている。すると体験の後、『釣れた魚をこんなふうに料理しました。』とお客さんからも写真やメッセージを送ってくれるという。そうした体験を通して海との繋がりを感じ、海を大事にしようと思う人が増えることも星野さんの願いの一つだ。

そんな星野さんが特にお気に入りの時間帯が、早朝、日が昇る頃だ。

「日の出が好きですね。海に出る日はほぼ毎日、日の出を見てるんですけど、まったく飽きない。あとは夕方の時間ですね。お客さんが帰った後の船を整備して、ひと息ついてぼーっとしてる時間。波の音しか聞こえなくて、なんて贅沢なことをしてるんだろうと思います。」

串本町に移住して海に関わる仕事をするという念願を叶えた星野さん。話してくれたエピソードは、人との信頼関係を地道に築き上げていく星野さんの実直さが、今に繋がっていることを物語っている。

HP:フィッシング&クルーズ はるまる
Instagram:harumaru.860