平見 華子(ひらみ はなこ)さん

東京都→串本町

串本町出身。名古屋の大学で建築インテリアの勉強をしたのち、京都の会社に就職。その後、東京にある書道の専門学校で3年間の学びを経てUターン。現在は古座川町の「南紀月の瀬温泉ぼたん荘」(以下、「ぼたん荘」)にて観光や地域づくりなどに携わっている。

大学で学んだインテリアの知識を職場に活かす

平見さんが「ぼたん荘」に就職したのは約7年前のこと。「ぼたん荘」は、地元の食材を使用した料理が自慢の温泉宿です。何か災害があったときの避難所にも指定されているこの施設のロビーには、暖を取るための薪ストーブがあります。また、紀州材を使った丸みのある家具が並べられており、見た目にも温かみを感じられる空間が広がっています。これは、もともと大学で建設インテリアについて学んでいた平見さんが手掛けたもの。「ぼたん荘」に就職する前から何度か足を運んだことがあるという県内の家具屋さんから、椅子や机などを取り入れることで、施設内も以前とはだいぶ雰囲気が変わったのだそうです。

紀州材を扱う龍神村の家具工房「G.WORKS」の商品をインテリアに使用

書の作品づくりを通して覚えた違和感と、偶然見つけた「ぼたん荘」

大学を卒業後、6年間を京都で過ごした平見さん。あるとき、書道を学ぼうと東京の専門学校へ入学します。書道には、幼いころから習い事の一つという形で親しんでいたそうですが、大人になってからは「アートやデザイン系のジャンルみたいな捉え方になって、もう一回勉強したくなった」のだといいます。

そんな平見さんですが、東京での書道の作品づくりを通して、あることに違和感を抱いていました。

「インスピレーションをもらうために、東京から郊外まで出ていたんです。作品をつくるとなると、見えないものに頼るというか、季節の変化を感じるということがすごく大事で。でも、そうやってわざわざアンテナを張っていないと、季節が感じられなくなっちゃっていることに違和感を覚えていました」。

専門学校を卒業するころ、平見さんのお母さんが体調を崩したこともあり串本町へ帰郷。その際に見つけたのが「ぼたん荘」の求人募集でした。当初は1年間のみの契約の予定であったため、気楽な気持ちで応募をしたといいます。

「東京から帰る準備をしていたときに、たまたま求人サイトでこの募集を見つけました。祖父母の家が古座川町なんです。小さいときによく古座川に来て遊んだりしていたので、すごく思い入れがあって、そこで仕事ができたらいいなと思いました。しかも、観光の仕事で募集してたんです。それが面白そうで、1年だけだしと軽い気持ちで受けたらもう7年います。(笑)」

「ぼたん荘」の近くを流れる古座川

海から川、そして山へ。色や匂いが教えてくれる季節の変化。

串本町から古座川町まで自動車で通勤している平見さん。その道中に見える景色は、毎日通っても飽きることがないといいます。

「まず海岸線をずーっと来て、川に沿って走り、山へ入っていくという毎日。それが7年経ちますけど、まだ『なんてきれいなんだろう』と思いながら通勤してます。毎日でも、何年経とうとも全く飽きない。

それから、海の色や山の色、匂いだけで、季節が変わってくるのもわかるんですよ。ああちょっと夏に近づいてるなとか。何にもしてなくても向こう(季節)から教えてくれる。本当に気が詰まってくると、自分じゃどうしようもない時ってあるじゃないですか。単純なんですけど、その時に見える海がきれいだったり、雲が面白かったりするだけでちょっと気持ちが変わる気がして。自分じゃない力で気持ちを切り替えてもらえる感じがします」。

二階があり、天井も高く気持ちのいい空間

「ぼたん荘」内にある売店。レイアウトは平見さんが手掛けている

これからの「ぼたん荘」を模索中

平見さんが「ぼたん荘」に就職した当時、古座川町には観光協会がなかったのだそうです。そのため、「ぼたん荘」の施設の一角に観光案内所を設け、お客さんに観光情報を伝えることが平見さんの仕事でした。そのほかにも、地域の体験アクティビティをブログに書いたり、月に一度の山歩きを企画したりと、試行錯誤を繰り返しながら古座川町の観光について発信していきました。

その山登りの管轄が、2020年3月から古座川町観光協会へと移行し、平見さんは現在次の取り組みを模索しているところです。その一つとして考えているのが、地域の素材にスポットを当てたプロジェクト。

「たとえば、鮎は食事で提供しているし、古座川町の珍しい植物も存在は知っている。でも、他とどう違うかはわからない。素材のことを実はあんまり知らない。だから、地元の人はもちろん、観光で来る人も一緒に勉強できる機会をつくれないかなと考えています。地域外の人と一緒にやることで、何か新しいアイデアが出るかもしれない。そうしたら今度はそれを地域の人に伝える。一つの素材で、みんなで勉強するという機会ができたらなと思っています」。

ハードルを下げて、少しずつ

平見さんには、Uターンして間もないころに古座川町を訪れた際の、忘れられないエピソードがあります。

「『ぼたん荘』に応募する時、久しぶりに古座川町を見て回ろうと思って履歴書を持参したんですよ。送るんじゃなくて。履歴書を持っていった帰りに、たぶん私の車のライトが点いてたんですね。そうしたら知らないおじいちゃんが『ライト点いてるでー!』って体全身で伝えてくれて。それを見て、『なんて良い町なんやろう。古座川素敵やん』って思いました。そこにいる人によって地域の第一印象が決まるから、大きいなと思います」。

また、これから移住を考えている人に向けては、田舎だからといって自然に溶け込んだオーガニックな生活をイメージする必要はなく、「その人が過ごしやすい環境をつくるっていう、低いハードルからでも考えてもらえたら」と平見さん。

「すぐに住むとかじゃなくても、まず二拠点生活で、慣れてきたらこっちに移るみたいなのでもいいと思います。それができる人は、ということになってしまいますが、その方が失敗しない気がします」と話してくれました。

 

南紀月の瀬温泉ぼたん荘
和歌山県東牟婁郡古座川町月野瀬881-1
TEL:0735-72-0376
FAX:0735-72-3666
URL:https://botansou.jp/index.html