田中 和広(たなか かずひろ)さん

大阪府→田辺市

大阪府泉南市出身の田中さんは、関東のIT企業で8年間勤務した後、田辺市に移住。地域おこし協力隊として、株式会社日向屋での仕事を開始した。和歌山県への移住を決めるまでには東北や宮崎県など国内数か所を回り、移住先を和歌山に絞った後も、県が実施する移住検討者向けのサポート事業「しごと暮らし体験」を活用して、紀美野町や古座川町、龍神村に足を運んだ。移住先を探して実際にさまざまな土地を訪れた田中さんに、田辺市での生活や、移住先を決める際に注意したいポイントなどを尋ねた。

仕事のやりがいを感じるのは、自分の役割を発揮できたとき

よく晴れた気持ちのいい気候のなか、田中さんはお会いするやいなや仕事用の車に乗せてみかん畑へ連れて行ってくれた。山の中にあるみかん畑からは、田辺の街をよく見渡すことができる。田中さんが働く株式会社日向屋(以下、日向屋)は、もともと日向屋の代表の家業であった農業から始まり、現在は柑橘や梅の栽培、それらを使った加工品の製造、さらには野生動物の狩猟を行っている。

農家が狩猟まで? と疑問に思った方もいるのではないだろうか。狩猟を始めたのは、自分たちが手間暇をかけて育てた農作物を守ることが目的だった。4年ほどかけて野生動物による農作物の被害を8割から9割ほど削減することに成功。一方で、動物の命を奪うことを心苦しく感じると同時に、「これは将来子供たちがやりたいと思える農業なのか。」と自問した日向屋の代表は、野生動物の肉を食肉用に加工する施設を誘致した。これにより、畑を守り、野生動物の命も粗末にすることなくいただくという、農業の新しい仕組みを形作った。

そんな日向屋で地域おこし協力隊として働く田中さんが担当する業務は、農業関係のお仕事や、県内外でのイベント出店や店頭販売、コンテストに応募する際の資料作成、フィールドワークの受入対応、ECサイトの運営、得意先への納品、狩猟など、多岐に渡る。仕事を始めた当初は農作業系の業務が多かったが、人とのコミュニケーションを取ることが好きだという田中さんの性格や強み、その時々の会社のニーズなどに合わせて、業務内容は変化しているそう。田中さんが仕事にやりがいを感じるのはどんなときかと尋ねると、とっても爽やかな笑顔でこう答えてくれた。

「やっぱり、自分だからこそできたというか、自分のスキルとか役割を発揮できたときに、すごくやりがいを感じる気がします。店頭販売も、もともと経験はなかったんですけど対面で販売するのが僕には合ってて。積極的に声をかけて、それで買ってくれた人に喜んでもらえたら、それも自分だからこそできたことだと思いますし、やりがいを感じますね。」

左奥にあるのが、シカやイノシシなどの野生動物の肉「ジビエ」の解体処理施設

レールから踏み出す、怖さと勇気

田辺市に移住する前は関東のIT関係の会社に勤めていた田中さんだが、当時から地方で暮らしたいという気持ちがあったという。

「就職で一回関東に行って、結局8年間いたんですけど、大阪に住んでるときから地方のほうが好きやったんですよ。都会にいるときからずっと地方に移住したいなと思ってて、3年目か4年目くらいから地方の移住イベントとかに参加するようになりました。東北とか宮崎のほうにも行って、そこの人たちと仲良くなったりして。結局どこも良いところやって、これ決められへんなと思いました。

それで、関西弁が喋りたかったから関西。実家が近いから和歌山。あと当時所属してた会社の会長が和歌山出身で、『和歌山県人会』っていうのを発足したんですよ。僕は和歌山出身じゃないけど、直談判して入れてもらって、そこから和歌山に入っていった感じですかね。」

移住先を探して和歌山県内を回った田中さん。田辺市への移住のきっかけになったのは、「たなコトアカデミー」という、田辺市と『未来をつくるSDGsマガジン ソトコト』がコラボした関係人口育成講座を受講したことだった。そこで田辺市に興味を持ち、「仕事さえ見つかれば田辺にしようと決めていた。」という。その後、さまざまな縁やタイミングが重なり、日向屋での勤務と田辺市への移住を決めた。

IT企業から農業への転職。職種が変わることへの抵抗はなかったかと尋ねてみると、田中さんの返答は予想外のものだった。一方で、やはり移住と転職という大きな変化に伴う葛藤はあったようだ。

「もともとシステムエンジニアだったんですけど、そこの世界はずっと向いてないと思ってたから、いつか抜け出さないとって思ってました。ただ、会社辞めるって結構勇気いりますよね。ふつうに大学行って、集団就活して、新卒で入った会社で8年間やってたんで。そのレールから踏み出す怖さみたいなのはありました。それで後回しにしてて。でもいつかは言わへんかったら、一生このレールに乗り続けるんか、みたいな。めっちゃ勇気がいりましたね。」

日向屋のみかん畑

やりたいことが具体的になくても、移住はしていい

田辺市は、土地面積が県内第一位。その分、街の中心部と山間部での違いはあるが、中心部は大阪方面へのアクセスも比較的よく、便利な生活環境が整っている。田中さんの実感としては、しいて言うならば車の代替手段がないことが不便だが、そのほか便利さの面では出身地の泉南市とさほど変わりないという。

「すごいちょうど良い感じで、今は過ごせてるかなと思いますね。来たときから言ってるんですけど、こっちに来てからの生活のほうが圧倒的に充実してて、もう給料のことと協力隊の任期が終わった後の将来のことを考えへんかったら、今が一番幸せやってずっと言ってます(笑)」

お気に入りの場所として教えてくれた田辺市の天神崎。条件が整うと海水が鏡のように空を反射する絶景スポットで、「本領発揮した天神崎がすごかったです」という田中さんの言葉を受けて取材当日に撮影。この日は本領発揮の3日ほど前だった。

最後に、移住を検討している方に向けてのアドバイスや注意点について尋ねた。

「いろんなところを見たほうがいいかなとは思いますね。あまりその地域を見ずに、しかも地域の人と話をせずに移住する場所を決めるのは、僕はあんまりおすすめしないかなって思います。一生のことなんで、交通費とか宿泊費とか多少かかるのは仕方ないと思って、移住先のことを深く知ってから決めたほうがいいと思いますね。

それで、行き先じゃなくて移住するかどうかを悩んでいる人は、すごい勇気がいることは僕も8年間ズルズルしたんでわかるんですけど、移住したいと思ってるんやったら意を決して行ったほうが僕は正解のような気がします。ただ、それで後悔しても僕は責任を取らないですけど(笑)

そのグダグダした気持ちを引きずって、何十年もやっていくんやったら、行ってみてやっぱり違ったなっていう後悔をしたほうがいいのかもしれないですしね。他力本願で与えてもらうのを待つのは良くないかなと思いますけど、べつにやりたいことが具体的になくても移住はしていいと思います。」

一つ一つの問いかけに対して、丁寧に考えながら終始笑顔で対応してくれた田中さん。移住を迷っている方に寄り添うように話してくださった田中さんの言葉が、この記事を読んでくださっている方の勇気に繋がることを願う。

 

Webサイト:株式会社日向屋