グナー・ヒュッツさん

ドイツ→高野町

―ドイツから高野町へと移住し、現在は高野山の宿坊「恵光院(えこういん)」で僧侶として活動するグナー・ヒュッツさん。武道から始まった日本文化への探求心は、茶道や仏教へと深まり、今では高野山という聖地で、世界中の人々にその魅力を伝える“架け橋”となっている。グナーさんが移住を決めた経緯や、現在の活動、そしてこれからの夢についてお話を伺った―

武道との出会いから日本文化の深淵へ

高野山は和歌山県北部に位置する標高約800mの山上盆地で、真言密教の聖地として知られている。世界遺産にも登録され、奥之院や金剛峯寺など歴史的建造物が建ち並ぶ。気候は平地より5~10度ほど低く、夏は涼しいが冬は積雪もある厳しい環境が、修行文化を育み、宿坊体験や精進料理など、信仰と暮らしが結びついた独自の文化が今も息づいている地域である。

ドイツ・マールブルク出身のグナーさんが日本に興味を持ったのは、高校時代に通い始めた忍術の道場がきっかけだった。単なるスポーツとしての格闘技ではなく、精神を鍛えて「より良い人間」を目指すという日本武道独特の考え方に心を動かされたそう。独学で日本語を学び始め、18歳で初めて来日、福岡県で3週間のホームステイを通じて語学研修に励んだ。
その後、ドイツのデュッセルドルフ大学日本学科に進学。在学中に日本の総合文化である「茶道」に魅了され、その研究のために金沢大学へ留学した。さらに文部科学省の奨学金を受けて金沢大学大学院へ進学し、日本文化への理解をより一層深めていった。

学生時代のグナーさん

高野山との運命的な出会い

グナーさんが初めて高野山を訪れたのは、コロナ禍の2021年9月だった。当時は観光客がほとんどおらず、静寂に包まれた奥の院を一人で歩いた経験が、彼の心に深く刻まれた。「1000年以上の祈りが染み込んだ空気」を肌で感じ、それまで知識として学んできた仏教や真言宗の教えが、体感として自分の中に繋がっていくのを感じたという。
博士課程への進学も考えていたグナーさん。しかし「学んだ文化を自らの言葉で人々に紹介したい」という強い思いから、研究ではなく現場で働く道を選んだ。以前からガイドを通じて縁のあった高野山の宿坊「恵光院」が従業員を募集していたことをきっかけに、2023年5月から本格的に高野山での生活をスタートさせた。

宿坊での暮らしと「生活そのものが修行」という気づき

現在、グナーさんは恵光院のスタッフとして、また得度(とくど)を受けた僧侶として多忙な日々を送っている。朝7時からの勤行や護摩祈祷への出仕(しゅっし)に加え、宿泊客の食事の配膳、布団の上げ下ろし、館内の掃除といった日常業務もこなしている。
特に力を入れているのが、外国人観光客への文化紹介である。宿泊客の約8割が外国人である恵光院で、グナーさんは自身の経験を活かし、英語で瞑想(阿字観)の指導や奥の院ナイトツアーのガイドを行っている。
「自分も最初は仏教徒ではなかったからこそ、何が難しく、何が分かりにくいかが分かります。同じ目線で、自分が学んだ情報を素直に伝えたい」とグナーさんは語る。
また、グナーさんは日々の地道な業務さえも修行の一部であると感じている。「廊下を雑巾がけしたり、お客様を丁寧にお迎えしたりすることも、すべて大切な修行。高野山に来て、そのことが本当の意味で分かるようになりました」と、日々の生活の中で教えを実践している。

宿坊での仕事を紹介

阿字観(あじかん)道場では、英語での指導を担当

文化の「違い」も前向きに

日本で働き始めてから、文化の違いに戸惑うこともあった。ドイツでは問題があれば本音で議論し、論理的な解決策を探る傾向があるが、日本では「建前」を重んじ、ストレートな物言いを避ける場面があることを体感。最初のうちは、言葉には表されていない意味を読み取るコミュニケーションに苦労したという。
しかし、グナーさんはちょっとした文化の違いが自分を磨くための大切なプロセスだと前向きに捉えている。「泥の中から強く美しい花を咲かせる蓮の花のように、困難を乗り越えることで人間として成長できる。感情の『ズレ』があるからこそ、自分を磨けるんです」と、移住生活を通じて得た気づきを語ってくれた。

これからの展望と夢

現在29歳のグナーさんは、カナダで美容師として働く日本人女性と結婚している。今年には奥様も高野山に移住し、共に生活を始める予定とのこと。将来的には二人で協力し、仏前結婚式や茶道体験など、新しい形での地域貢献も視野に入れているそうだ。
「これからも修行を続け、一人前のお坊さんになりたい。そして、日本文化を正しく、楽しく世界に紹介する架け橋であり続けたいです」高野山の豊かな自然と歴史に包まれながら、グナーさんの挑戦はこれからも続いていく。

今は離れて暮らす奥様も、近々和歌山へ。

最後に、これから移住を検討している方へのアドバイスをお聞きした。「文化の違いや感情の『ズレ』があるのは当然のことです。それらをどう受け入れられるかが一番大事だと思います。困難があるからこそ、人は磨かれ、より美しく生きていけるようになりますよ」と話された。

グナーさんが好きな、モミジの映える池のほとりで

【取材協力】
○「宿坊 恵光院」ホームページ
https://www.ekoin.jp/
取材日:2025年10月2日