樫原仁(かしはら ひとし)さん

大阪府→有田市

―IT系企業に30年間勤めた後、50歳を節目に早期退職し、2023年7月、有田市へ移住した樫原仁さん。紀伊水道を望む高台で、長年の夢だったスパイスカレー店「Spicecurry Jin(スパイスカレー・ジン)」を営んでいる。移住と開業を同時にかなえた経緯や、地域の人たちとのつながりについて話を伺った。―

50歳で踏み出した、移住と開業への一歩

樫原さんは奈良県出身。高校卒業後に大阪へ移り、IT系企業でコピー機やパソコンのメンテナンスなど、技術職として30年間働いた。
定年後には地方へ移住し、自分の店を持ちたい――そんな思いを以前から抱いていた樫原さんだったが、50歳を迎えた頃、その夢を「いつか」ではなく、現実のものとして考えるようになった。

こどもが独立して社会人となり、勤務先では50歳から選択定年退職制度を利用できるようになった。一方、横浜での単身赴任中には両親を亡くし、最期に立ち会えなかった経験から、「このままでいいのか」と、これからの生き方を見つめ直すようになったという。

また、年齢を重ねてからの移住と開業について、負担感も意識するようになっていた。

「60歳を過ぎてから移住して、人とのつながりをつくりながら店を始めるのは、相当しんどいんじゃないかと思ったんです。いろいろなタイミングが重なって、今しかないなと」

カレー店への憧れが芽生えたのは、20代前半の頃。京都で働いていた時、先輩に連れられてカレー専門店を訪れ、外でカレーを食べるということ自体に新鮮な驚きを感じたという。
会社員として勤務を続ける傍ら、いつか店を持つための準備も少しずつ始めていたという。横浜への単身赴任中には、東京で開かれていた講座に通い、カレーマイスターの資格も取得した。

  

海が見える高台に「ここだ!」と直感

釣りが好きな樫原さんが移住先の候補に挙げたのは、和歌山、淡路島、伊豆だった。その中でも、家族や知人の多い奈良や大阪へ行き来しやすい和歌山は魅力的だったという。樫原さんは、和歌山県内でも比較的北寄りの沿岸部に範囲を絞り、海に近い場所を探し始めた。

当初考えていたのは、古民家を改修して店を開くことだった。しかし、候補の物件が見つかっても、店への進入路が狭かったり、飲食店の営業に近隣の理解を得ることが難しそうだったりと、なかなか条件に合う物件が見つからない。そこで、樫原さんはGoogleのストリートビューや衛星画像も使い、海沿いの土地を探すようになったという。

ある時、衛星画像の中に白く写る更地を見つけ、その土地のある有田市へ問い合わせた。これから売り出す土地だと分かり、さっそく現地を訪れた樫原さん。そこには、有田の海を見渡せる高台の景色が広がっていた。

「見た瞬間に『うわ、ここやわ!』と、ピーンと来ました。海が見えて、高台で、探していた条件にぴったりでした」

その土地は、有田市矢櫃(やびつ)地区にある。矢櫃は、海に面した山の斜面に家々が立ち並ぶ小さな集落。細い路地が入り組み、その先に港や海が広がる隠れ家的なエリアだ。樫原さんが見つけた土地は、その中心部ではなく、有田市街から矢櫃へ向かう入口付近の高台にある。

土地だけの購入は当初の想定外で、建物を新築する分、予算は大きく膨らんだ。それでも、この場所を逃したくないという思いが勝った。樫原さんはこの場所で店づくりを進め、2023年7月に矢櫃での暮らしを始めた。

テラス席からは有田の海が一望できる

一年間の修業を経て、スパイスカレー店を開業

前職を退職した後は、大阪の老舗カレー店で1年間働いた樫原さん。妻も別のカレーハウスでパートとして働き、夫婦で店舗運営のコツを学んだという。

「僕らは店のオペレーションを学びたかったんです。接客やドリンクメニューのつくり方、トッピング、厨房機器をどうそろえるか。何も知らないまま始めるのは無理だと思っていました。修業してよかったです」

移住から4か月後の2023年11月11日、「Spicecurry Jin」を開店した。
店では「スパイスカレーを手軽に食べていただく」をコンセプトに、カレーマイスターの樫原さんが調合したスパイスを使う。有田産の太刀魚や釜揚げしらす、紀の国みかんどりなど、和歌山の食材を使ったトッピングもある。

開業後には、都市部とは異なる客足や店のあり方に合わせ、価格設定を見直すこともあった。それでも、「気軽に来てほしい」という店の軸は崩さないよう心がけているという。

有田産太刀魚のフライなどが乗った「有田スペシャルカレー」

人の温かさに支えられる有田での暮らし

縁もゆかりもない土地への移住と、初めての開業。不安を抱えて始まった暮らしだったが、実際に住んでみると、地域の人たちの温かさに助けられた。移住して間もない頃には、近所の人から「家から花火が見えるからおいで」と誘われ、夜遅くまで一緒に過ごしたこともあったという。地域にはカフェやキャンプ場などを営む移住者もいて、人と人をつないでくれる存在もいる。

「有田の人は言葉がきついと言われることもありますが、中身は温かい人ばかりです」

店を通じて生まれたつながりもある。樫原さんはベースギターが大好きで、開店日の11月11日は「ベースの日」であることも理由の一つだという。そんな音楽好きの樫原さんの店では、ライブイベントも開かれている。来店されたお客様に「ここでライブをさせてもらえないか」と声をかけられたことをきっかけに、3か月に一度ほど開催。地域の人も足を運び、「ライブを見るのは何十年ぶり」という人もいて、楽しみにしてくれているそうだ。

また、樫原さんはカレーマイスターだけでなく、薬膳マイスターやコーヒーソムリエ、梅干しソムリエ、温泉ソムリエなど、さまざまな資格を取得してきた。店の経営やメニューづくりに活かせるものだけでなく、興味を持った分野について学ぶことも多く、こうした知識がお客さんとの会話を弾ませている。

好きなことや興味あることも大切にしながら店を営む樫原さん。その姿が、地域の人やお客さんとの新たな交流のきっかけにもなっている。

ベースギターが並ぶ店内

入り口には資格の認定書がズラリ

有田をもっと知ってほしい

樫原さんの店にはツーリングを楽しむライダーも立ち寄る。
実は樫原さん、移住後にバイクの免許を取得したという。自分で走るようになって気づいたのが、店へ続く砂利道はバイクでは走りにくいということだった。今後は砂利道を舗装し、ライダーが安心して立ち寄れる店にしたいそうだ。

夢はまだある。店は高台から海を望む絶好のロケーション。海が見える敷地の一角に鳥居を設け、写真を撮りたくなるような場所をつくることだ。ほかにも1組限定のキャンプ場をつくる構想も温めているそうだ。

「関西の中でも和歌山を、和歌山の中でも有田をもっと知ってほしいんです。矢櫃はまだあまり知られていない場所なので、昔のにぎわいを少しでも取り戻せたらと思っています」

長年思い描いてきたカレー店の夢をかなえた後も、樫原さんの挑戦は続いている。

  

移住を検討されている方へ

最後に、移住を考えている方へのアドバイスを伺った。

「何度も足を運んで、その土地の気候や人を見てから決めた方がいいと思います。物件や目に見えるきれいな部分だけで決めると、住んでから『思っていたのと違う』となることもあります。できるだけ下調べをして、自分に合うかどうかを考えてみてください」

樫原さん自身は「ぶっつけ本番だった」と笑うが、地域の人への挨拶や日々のコミュニケーションを大切にしながら、矢櫃での暮らしを築いてきた。店を開く夢だけでなく、その土地でどう人と関わり、どのような毎日を送りたいのか。移住後の暮らしを具体的に思い描くことの大切さを教えてくれた。

<ご紹介>
Spicecurry Jin 公式サイト
https://www.spicecurry-jin.jp/
取材日:2026年8月27日