
―和歌山県みなべ町で、農業に特化した人材紹介業を展開する「株式会社アグリナジカン」。代表の山下丈太さんは、この日本一の梅の里に移住し、事業を通じて都市と農村を結ぶ架け橋としての役割を果たし、日々奔走しています。移住のきっかけから、地域の方々との温かい交流、そして、これからの展望についてお話を伺った―
日本一の梅の産地、みなべ町
和歌山県の紀中エリアに位置する日高郡みなべ町は、日本一の梅の里で、「南高梅(なんこううめ)」の発祥の地として知られている。
2020年春、山下さんは奥様と双子の男の子の4人家族で、みなべ町に移住。現在はさらに2人の男の子に恵まれ、6人家族で暮らしている。山下さんが自宅兼シェアハウスを構える、みなべ町清川(きよかわ)地区は、6月になると、山の斜面に青々とした梅林が広がり、青梅が鈴なりに実る。
援農を通じて見つけた、みなべ町での新しい生活
山下さんは、大阪で生まれ、幼少期から京都府和束(わづか)町で育った。大学卒業後、会社員生活を経て実家の和束町に帰郷した際、町内でまちづくり活動をしていた父の友人の勧めで、地域活性化に関わる仕事に就いた。
お茶の産地として有名な和束町では、多くの茶葉栽培農家が収穫期の一時的な人手不足に悩んでいる一方で、通年雇用することが難しいという課題に直面していることを知った。2014年、この課題を解決し、持続可能な農業を実現することを目的に、農家に援農者を紹介する「ワヅカナジカン」プロジェクトを立ち上げる。
「ワヅカナジカン」は、ホームページで全国から援農者を募集し、収穫期の3か月間、シェアハウスに住みながら農家と一緒に働くというもの。山下さんは、その活動を通じて、援農者の中から、和束町を好きになり何度も訪れてくれる人、和束町で茶葉栽培農家を目指す人や結婚して移住する人などと出会い、農業の課題解決に取り組むことは地域の活性化にもつながると実感する。
そんな中、大阪で開催された援農のイベントでみなべ町の梅農家と知り合い、仕事を通じてみなべ町との交流がスタート。みなべ町では、梅の収穫期には町から人気(ひとけ)がなくなるほど人手不足が深刻な梅農家の状況を目の当たりにした。
他方で、山下さんは自身の活動の幅を広げたいと模索していた中、援農を事業とする会社を設立。その後、みなべ町の方々とのご縁から、家族で移住することを決意する。
移住後、山下さんは、「これから新たに『農業』の世界にチャレンジするひとたちを『応援』する」をコンセプトに、「アグリナジカン」プロジェクトをみなべ町でスタート。農業に興味を持つ人々と、人手不足に悩む全国の農家をつなぐ人材紹介業を展開している。
「仕事」と「暮らし」を支援する和歌山での日々
山下さんは「アグリナジカン」を通じて、日々、農家と援農者の間をつなぐ生活を送っている。事務作業に加え、援農者の受入や生活相談にも対応するなど、活動は多岐にわたる。また、空いた時間には自分の畑の手入れにも余念がない。
「アグリナジカン」は、単に仕事を斡旋するだけではない。山下さんが運営するシェアハウスは、家具や家電が揃った環境で、すぐに共同生活を始められるだけでなく、援農者同士が交流を深める場にもなっており、初めて地方で暮らす人々にとって、大きな安心材料となっている。
また、地元のスーパーや病院、役場など、生活に必要な情報を丁寧に案内することで、援農者が抱える不安を一つひとつ解消している。こうした手厚いサポートは、新しい生活に一歩踏み出す後押しとなっている。
地域の「一員」としての温かい交流
山下さんがみなべ町で最も大切にしているのは、地元の人々との交流だそうだ。移住当初から、たくさんの農家のもとに積極的に足を運び、梅栽培の知識を教わるだけでなく、地域の歴史や文化についても学んできた。
「はじめはよそ者として見られることもあったかもしれません。でも、一緒に汗を流し、困った時には助け合い、夜にはお酒を飲みながら語り合ううちに、本当の家族のように接してくれるようになりました」と山下さんは笑顔で語る。
移住して1年ほど経ったとき、農家にとっては収穫期だけでなく、冬場の剪定作業の人手不足も課題であると知った。一方、援農者側も梅の収穫期を終えると仕事が減る状況にあり、冬場の仕事確保が課題だった。山下さんは、これを解決するため「みなべクリッパーズ」というプロジェクトを地域の梅農家と一緒に立ち上げた。援農者と梅農家がチームを組んで剪定業務を請け負う仕組みで、農家は一年を通して安定した人手を確保でき、援農者もは冬場も安定した収入を得られる。そして地域には援農者が滞在するため、地域の活気にもつながるという、まさに「三方よし」のプロジェクトだ。
また、山下さんは地域活動にも積極的に取り組んでおり、廃校となった中学校の有効活用を検討するために設立された「清川くらし探求舎」に参加している。梅農家5名と町会議員、そして山下さんを含む計7名で運営されており、地域の課題である空き家の利活用のほか、移住者や援農者への居住支援・生活支援に取り組んでいる。
新たな挑戦と、そして移住を検討する方へ
「『アグリナジカン』をさらに発展させ、和歌山の農業を盛り上げていきたい」と力強く語る山下さん。今後は、梅以外の作物にも事業を広げ、より多様な働き手を受け入れられる体制を整えていく計画。また、農業体験や地域交流イベントを企画し、都市部の人々が気軽に地方での農業や暮らしに触れられる機会を創出したいと考えている。「和歌山は、豊かな自然と温かい人がいる、最高の場所です。この町の魅力を、もっと多くの人に伝え、そして、農業をきっかけに地域全体が活性化するモデルを作りたい」と話す。
最後に、これから移住を検討される方に向けたアドバイスを聞いた。「移住を進めていくためには、地域の方との交流に時間をかけることをお勧めします。仮移住でも良いし、長期の滞在が難しければ、足しげく通って、地域の方々との人間関係を構築することが重要だと思います。」
- 取材中、援農希望者とのオンライン面談の様子を録画した動画を見せていただいた。単に、「どんな仕事をしたいか」という話ではなく、「どんな生き方を希望しているか」というような、とても深い対話であったことに驚いた。「援農者の了承を得て、この動画を農家さんに見てもらうことで、援農者の本気度が伝わり、マッチングがうまくいく」とのこと。「一生懸命、真剣に地域の課題に取り組む」山下さんの姿が印象的だった-
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