
―幼少の頃から釣りに没頭し、串本町の海に惹かれたことがきっかけで移住への思いが芽生えた稲垣純也さん。愛知県から本州最南端の串本町に移住し、現在は町内の企業に就職。趣味の釣りと仕事を両立させながら「釣りの聖地」で暮らす稲垣さんに、移住の経緯や移住後の暮らしについてお話を伺った―
憧れの職業は「釣り雑誌の編集者」
串本町は和歌山県南部の本州最南端に位置し、太平洋を流れる黒潮の影響で温暖な気候である。世界最北限のサンゴ群生地が広がり、ダイビングや釣りで有名。また、町内には日本初の民間ロケット発射場「スペースポート紀伊」があり、近年では2度の打ち上げに挑戦するなど「宇宙に一番近い町」として注目を集めている。
愛知県弥富市出身の稲垣さんは、幼い頃から釣りが好きで、釣りの専門学校を卒業。在学中から文章を書くことが得意で、卒業後は釣り雑誌の編集者を目指していたそう。残念ながら、ご縁無く編集者の仕事には就けなかったが、製造業の会社に就職し、ものづくりの仕事に就いた。「高校時代から寿司屋でアルバイトをしていたので、飲食業も検討したんですが、やっぱり釣りができる『土日祝休み』の業種を選びました」と当時を振り返る。
「釣りの聖地・串本」との出会い
入社2、3年目だった2008年頃。仕事にも慣れ、時間的・体力的な余裕ができてきた稲垣さん。釣りの中でも、「餌木(エギ)」を使った「エギング」というアオリイカ釣りに没頭する。それまでは愛知県から和歌山県の新宮市や那智勝浦町まで通っていたが、専門学校時代の先生との釣行をきっかけに、初めて串本町へと足を運んだ。
当時、串本町に対しては「本州最南端の人里離れた漁村」というイメージであったが、実際に訪れると、スーパーや日用品などの買い物環境が充実しており「想像と違い、生活しやすい街なんだな」と感じたという。
そして、串本町の海が持つポテンシャルに強烈な衝撃を受けた。地元では秋が深まるとイカが釣れなくなる中、串本町では状況が一変した。11月でもイカが釣れ、そのサイズも桁違いに大型。地元ではシーズンオフとなる冬に、串本町では「3キロ、4キロが当たり前」のように釣れ、夢のような釣果が現実のものとなっていた。
「串本町はアオリイカ釣りの『聖地』」と言われる由来を経験したことで、「ここに住めるなら住みたいな」という移住への思いが漠然と芽生え始めたと語る。
温かい人々との出会いと、愛知との「現実的な距離」
移住への思いを後押ししたのは、海の豊かさだけではなかった。串本町周辺で出会った人々の温かさも重要な要素であった。稲垣さんは、日本各地を釣り歩く中で、地域によってはよそ者扱いされた場所もあったそう。一方、和歌山県の釣り場では、地元の人から「車を止めていいよ」「この潮の時は釣れるよ」と親切に声をかけられ、さらには「こっちの方が釣れるから」とポイントを譲ってもらうこともあった。この体験から「和歌山県の人って温かいんだな」と感じたという。
また、稲垣さんは釣りで訪れた四国や九州なども移住先として視野に入れていたが、最終的に和歌山県を選んだもう一つの理由が「距離」であった。愛知県にいる父が健在であるため「何かあったときに日帰りでも行って帰ってこられる距離」であることも大きな決め手となった。
運命を変えた電車内の広告と「退職宣言」
移住への思いはあったが何から始めればいいのか分からず、「現状の会社に不満がなかった」こともあり、なかなか実現には至らず時間が過ぎていた。その状況を一変させたのは、2024年10月頃に通勤電車内で偶然目にした、和歌山県の就職フェアの広告であった。
この広告が、漠然とした夢を一気に現実へと引き寄せた。「中途半端にすると動かなくなる!」という自身の性格を理解していた稲垣さんは、勤務先に退職届を提出し、後戻りできない大胆な行動に出た。
その後、2024年11月に名古屋市で開催された転職フェアに参加し、和歌山県の相談ブースを訪問。そこで、移住支援制度である「しごと暮らし体験」について興味を持ち、串本町の「株式会社潮岬製作所」での体験にエントリーした。同社は、高精度ボールベアリングを製造する企業で、稲垣さんのこれまでの経験が活かせる職場であった。また、地元の祭りに協賛するなど地域貢献にも積極的な点に共感したと言う。
1日の工場見学で出会った職員がとてもフレンドリーであることに魅力を感じ、Uターンで戻ってきた同世代の社員など職場の雰囲気の良さから、再就職を志望した。無事に内定を受けたことが移住への最後の決め手となった。
「いつでも行ける」贅沢を満喫する串本ライフ
念願の串本町での生活をスタートさせた稲垣さんだが、釣りに関しては「いつでも行けるので、移住したら、あまり行かなくなったかも」と笑いながら話す。以前は高速道路を使って何時間もかけて通い詰めていた釣りも、今は平日の仕事終わりに港で1〜2時間楽しむ程度になった。「土曜、日曜は県外から遠征してくる人で増えるんで、自分はもう邪魔しなくていいかな」と、あえて混雑する週末は避けるようになったと言う。それは、ある意味、移住前に釣り場で出会った地元の優しい釣り人の姿そのものである。
しかし、釣れている時期には、毎日のように港へ出ているようだ。
また、食の楽しみも増大した。高校時代に寿司屋でアルバイトをしていた経験から、魚を捌いたり料理をしたりするのが好きなため、煮付けやフライを作り置きし、イタリアン風イカ飯といった凝った料理にも挑戦している。「大漁だと一人では食べきれないため、釣り仲間にお裾分けしますし、お返しにお裾分けいただくこともあります」と稲垣さん。
稲垣さんが執筆するWEBマガジンでは、次のように書かれている。「―下船後は自宅近くの漁港で釣りをしている釣り友達に釣果をお裾分けに行く。移住してから釣りを通して知り合った高校生から定年後のシニアと幅広い年代の方達である。そんな方達に『ありがとう、おおきに』と喜んでもらえるのは嬉しい限りである。こうしたコミュニケーションも釣りの楽しみの一つである。―」(TSURINEWS「『串本カセ釣りのポテンシャルが炸裂!』40〜60cmの良型マダイ16匹と大爆釣」(https://tsurinews.jp/384742/)
移住後にできた釣り仲間との交流も、串本ライフを豊かにしている。
移住を検討されている方へ
https://tsurinews.jp/author/j_inagaki/
https://www.instagram.com/drivinheart/






