今田 真穂(いまだ まほ)さん・イシヅカマコトさん

兵庫県→紀美野町

―18年間、看護師として都市の医療現場に立ち続けてきた今田真穂さん。医療の限界を感じ、兵庫県から紀美野(きみの)町への移住を決意した。今、真穂さんは、夫のイシヅカマコトさんとともに、コミュニティを真ん中に据えた新たな医療のかたちを模索している。―

医療の現場で感じた「限界」

今田真穂さんは紀美野町に隣接する海南(かいなん)市で生まれ育ち、大学卒業後、看護師として働いてきた。医療の現場に立った18年間、命と向き合う日々を送っていた。

転機となったのはコロナ禍だった。
コロナ禍を経験して強く感じたのは、自分の命や健康のことなのに、どこかで「医者や薬が何とかしてくれる」と現代の医療に委ねてしまっている人が多いということだった。
その経験を通して、もっと暮らしの中に自然豊かな環境や、人と人とのつながりを持たないと、人は本当の意味で健康にも幸せにもなれないんじゃないかという思いがあったという。

そう考えた真穂さんは、医療と暮らしを結び直す場をつくりたいと模索を始める。コミュニティづくりを学びながら、次の一歩を踏み出す新天地を探し始めた。

今田真穂さん

紀美野町との出会い

移住先として選んだのは、和歌山県北部に位置する紀美野町。町の中央には、蛍が飛び交うことで知られる貴志川(きしがわ)が流れ、四季折々の風景が広がる地域だ。海南市出身の真穂さんにとってなじみのある場所でもあった。

2023年、移住先を探していた真穂さんは、ふと立ち寄った紀美野町の寺で副住職と話す機会があった。この出会いが移住先を決める大きな転機となったという。
この寺は「醫王寺」(いおうじ)と言い、名前に医療の「醫(医)」が含まれている。副住職からは「この寺は、かつて医療と仏教を結ぶ役割を担っていたのです」と聞かされた。その言葉に深い縁を感じ、「この地で自分が果たすべき役目があるのではないか」と直感したと真穂さんは話す。

もう一つ、真穂さんが心を動かされたのは、外の人を快く受け入れる町の空気感だ。町内にある棚田の手伝いに行ったときも、地域の人がごく自然に彼女を迎え入れてくれた。その温かさも彼女がこの地に移住を決める一因になったという。

2023年12月、真穂さんは紀美野町まちづくり課に空き家の情報を聞きに行った。幸い、自宅となる家はすぐに見つかり、紀美野町への移住を決めた。そしてこの自宅を足がかりに、この地に新たな医療とコミュニティの拠点を築ける場所を探し始めた。
自らの思いを綴った“企画書”を作り、地域のお年寄りたちにプレゼンして回る中で紹介されたのが、かつて診療所として使われていた古民家だった。
「中に入った瞬間、ここだと感じました」——診療所として地域の人々に親しまれていたこの古民家の歴史を聞くうちに、自身の思いと重なり合うものを感じたという。

コミュニティを真ん中に据えた挑戦

真穂さんが目指したのは、単なる医療施設ではない。医療者と患者という立場を超えて、地域の人たちと本音でつながり、互いに支え合いながら癒やされていく場をつくることだ。本音で生きる医療者の姿勢が、自然と地域にも伝わっていく——そんな診療所のかたちを思い描いている。

2024年8月にはNPO法人を設立。地域に根差した診療所を開くための土台を地道に築きながら、少しずつ共感の輪を広げていった。あえてNPO法人という形態を選んだのは、コミュニティを中心に据えた医療をかたちにしたいという思いからだ。ただ、前例が少ない取り組みだったこともあり、資金面での苦労もあったという。
工事開始を目前に控え、資金計画の見直しを迫られる中で選んだのがクラウドファンディングだった。初めての挑戦に不安もあったが、周囲の後押しもあって覚悟を決めた。
いざクラウドファンディングを始めると、取り組みに賛同してくれる支援者から次々と資金が集まった。つながりができていた地域のお年寄りの中には「やり方が分からないから」と、直接現金を届けに来てくれる人もいたという。共感の輪は確実に広がっていた。

そして2025年11月、ついに診療所を開設。コミュニティを真ん中に据えた挑戦が、かたちとなって動き始めた。

2025年開設した「いつきのくに診療所」

思いが重なったマコトさんの出会い

夫のマコトさんは長年、映像や音楽の世界で仕事をしてきた。一方で障害や病気を抱える人たちの声を発信するなど、福祉に関わる活動にも取り組んできた。真穂さんとはその福祉活動を通じて知り合った。語り合ううちに、目指す方向性に共通点が多いことに気づいたという。

マコトさんはこれまで、障害のある人たちと関わる中で、同じ障害を抱えていても、前向きに生きている人もいれば、つらい思いにとらわれてしまう人もいることに気づいたという。「何が違うのだろう」と考える中で、この差は置かれた状況というより、ものごとの受け止め方にあるのではないかと思うようになった。

その思いは、自然や人とのつながりの中で健康を見つめなおそうという真穂さんの考え方と重なる部分が多かった。やがて二人は、その思いをかたちにするため、ともに「コミュニティづくり」に取り組んでいく決意を固めた。

イシヅカマコトさん

二人が大切にしていること、そして今後の展望

今、二人が大切にしているのは、この場所を地域の人たちの気配を感じ取れる場にすることだ。たとえば誰かが元気がないときに、「あの人、最近どうしたのかな」と気づけるような関係性。かつて地域社会に当たり前にあった人と人とのつながりを、この場所から少しずつ取り戻していきたいと考えている。

実際、地域のお年寄りがふらりと立ち寄り、採れたての野菜を置いていってくれたり、世間話をして帰っていくこともあるという。また、地域の人たちが運営する子ども食堂に二人が関わることで、少しずつ地域とのつながりも深まってきた。

今後については、診療所を拠点として、カウンセリングや訪問看護、病児保育など、地域の人たちとの様々なつながり方を模索している。診療だけにとどまらず、暮らしの中での安心や支え合いにつながる関係を育みながら、地域に寄り添う「コミュニティ」としての役割を少しずつ形にしていきたいと考えている。

古民家の一室を改修した診察室

診療所には近所の人が自然と足を運ぶ空気がある

移住を検討されている方へ

最後に、お二人に移住を考えている方々へのメッセージを伺った。

真穂さん
「皆さんそれぞれに『こう生きたい』という思いがあって移住を考えるんだと思います。ただ、自分の生き方がこの地域でどんなふうに役に立つのかという視点を持って来てもらえると、地域にも受け入れてもらいやすいのではないでしょうか」

マコトさん
「自分のやりたいことだけを押し通すのではなく、地域が何を求めているのかを知ることも大切だと思います。その土地が求めていることに応えながら、自分たちのやりたいこともやる。そういう意識を持つことが、地域で暮らしていくうえでは大切なのかもしれません」

― 取材は、診療所の一室で行われた。真穂さんの膝に座る生後間もないお子さんのあどけない姿に思わず顔がほころぶ。医療を語りながらも、話の中心には常に「暮らし」があったのが印象的だった―

診療所の玄関には、「医」の異字体である「毉」と書かれた額が飾られていたる。神聖な力を表す「巫」が含まれていて、古来、医療は祈りと癒しが重なり合っていたことに気づかされた

取材日:2026年2月10日
<ご紹介>
いつきのくに診療所公式インスタグラム
https://www.instagram.com/itsukinokuni_clinic/